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代官山ってどんな街?

代官山スタイル by blossom39

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代官山ってどんな街?

2017/8/1

《アップリカに、行ってきました!》日本一のベビーブランドの、知られざるブランドヒストリーとは 〜第一回〜

日本のベビーブランドといえば、最初にアップリカを思い起こす人も多いのでは? アップリカの創業は1947年。今年70周年を迎えました。実は、日本で最も歴史のあるベビーブランドのひとつなのです。

今回は、代官山スタイルがアップリカさんの東京支社への取材に成功♪ 歴史ある国内メーカーとして、日本のママとベビーたちをずっと見続けてきたアップリカさんだからこそのこだわりや想いを、めいっぱいお伺いしてきました!

ママなら知らない人はいない、日本を代表するベビーブランド、アップリカ。東京支社にお邪魔してきました
ママなら知らない人はいない、日本を代表するベビーブランド、アップリカ。東京支社にお邪魔してきました

アップリカのブランドヒストリー

アップリカの創業者、葛西健蔵氏は、もともと百貨店などに乳母車(ベビーカー)を卸す代理店を営んでいました。

今でこそ全国百貨店のベビー売り場は充実していますが、当時はベビー用品の扱いは粗雑で、乳母車の販売スペースはトイレ横の狭いエリアだったりしたそうです。肝心の乳母車自体も、座面が硬く、赤ちゃんを乗せるのに快適な構造ではなかったとか。

そこで創業者の葛西氏は、「赤ちゃんを育てるために、もっと良い環境を作れないか」と自ら乳母車を作ることに。アップリカの歴史は、ベビーカーの誕生とともにあるのです。

今回は、アップリカの創業者とともに仕事をされてきた河崎桂子さんと、吉田隼人さんにお話をお伺いしました
今回は、アップリカの創業者とともに仕事をされてきた河崎桂子さんと、吉田隼人さんにお話をお伺いしました

乳母車は、福沢諭吉が持ってきた!

編集部:日本で初めてベビーカーが登場したのは、いつのことなのでしょうか。

河崎さん:日本に乳母車を持ち込んだのは、福沢諭吉と言われています。1867年、アメリカから、娘のために持ち帰ってきたそう。この乳母車は、今も慶応大学の三田キャンパスに所蔵されていると思います。

編集部:では、乳母車が日本に入ってきてから150年くらい経つということなんですね。アップリカがベビーカーを作り始めたのは、いつ頃なのでしょうか。

河崎さん:1949年に、開発第一号のベビーカーが誕生しています。アップリカも1988年頃は大型の「乳母車」タイプと、コンパクトな「ベビーカー」タイプというように、ふたつの名称を使い分けていました。

こちらがアップリカの乳母車「ロイヤルプラム」。フラットになる大型のもの
こちらがアップリカの乳母車「ロイヤルプラム」。フラットになる大型のもの

編集部:アップリカの乳母車は、今発売されていてもおかしくない、おしゃれなデザインですね。

河崎さん:「ロイヤルプラム」は、イギリス皇室などにありそうな、海外っぽいデザインですよね。高級クラスのイメージがあった乳母車から、日本の生活環境に合ったもっと身近な乗り物「ベビーカー」という呼び名に変えたのは、アップリカかもしれません。

コンパクトになり、畳むと自立。ハンドルの高さを変えられたり、幌が拡張したり、現在とさほど変わらない機能性
コンパクトになり、畳むと自立。ハンドルの高さを変えられたり、幌が拡張したり、現在とさほど変わらない機能性

編集部:ベビーカーの機能としては、ハイシートであること、荷物がたくさん積めることなど、今とさほど変わらない気がします。

河崎さん:携帯に便利でコンパクトに折り畳める「アップリカー」が、1975年に登場します。日本の家屋というのは海外に比べて狭いですよね。コンパクトに畳みたいというは、開発当初からお母さんたちの声でした。小さく折り畳めるベビーカー、というのはアップリカのDNAに組み込まれています。

歴代のアップリカ製品がわかるカタログをご用意していただきました。歴史の変遷は感じるものの、今でも十分通用する機能性とデザインにびっくり!
歴代のアップリカ製品がわかるカタログをご用意していただきました。歴史の変遷は感じるものの、今でも十分通用する機能性とデザインにびっくり!

編集部:たくさんのカタログをご用意いただきたましたが、1988年の時点で、かなりバリエーションがありますね。これまでのシリーズ数やモデル数は、どれくらいなのでしょうか?

河崎さん:数えられないくらい……。試作やシリーズのモデルなどをすべて合わせたら、すごい数だと思います。細かなニーズに応えるために、ひとつの製品でも、いろいろなタイプで提案しているのです。

赤ちゃんの五感は敏感。「いいものに囲まれて育ってほしい」という思いから、デザインにも重きを置いている
赤ちゃんの五感は敏感。「いいものに囲まれて育ってほしい」という思いから、デザインにも重きを置いている

アップリカ育児研究会とは?

編集部:アップリカ製品は、しっかりとした製品説明と、それに伴う信頼感があるブランドだと思います。創業時からの「赤ちゃんのためのものつくり」の姿勢について教えて下さい。

河崎さん:創業者がいつも言っていたのは「ただの物売り屋になるな」ということ。育児用品を作るのには、まず赤ちゃんのことを知るべきだといつも言っていました。そこで、愛育病院の院長であった内藤寿七郎先生を中心として「アップリカ育児研究会」というのを立ち上げたんです。アップリカ育児研修会には、小児科医、デザイナー、看護婦、心理学者など、様々なジャンルの方が参画しています。この理念が、アップリカの製品には反映されています。土台があったうえでのものづくりをしているのです。

アップリカ育児研修会の理念が、アップリカのものづくりに反映されている
アップリカ育児研修会の理念が、アップリカのものづくりに反映されている

時代を変えた、チャイルドシート

アップリカのチャイルドシートは、赤ちゃんの安全を守り続けている
アップリカのチャイルドシートは、赤ちゃんの安全を守り続けている

編集部:日本の育児を見続けてきて、育児用品の変換期だなと思ったエピソードや社会背景はありますか。

河崎さん:ベッド型チャイルドシートの開発と発売については、アップリカの歴史のなかでも印象的なものでしたね。もともとチャイルドシートは、各メーカーとも椅子型のものしか発売していなかったんです。

編集部:新生児や首、腰のすわっていない赤ちゃんは、車に乗る時どうしていたのですか?

河崎さん:お母さんの抱っこか、コットのようなものに入れて乗せていたか……、ですね。アップリカは、「赤ちゃんを家のなかでも、外でも、車のなかでも、同じ姿勢」でいさせてあげたかった。そして、呼吸機能が不安定な新生児期や首すわり前には、フラットな状態で寝かせてあげたかったんです。

編集部:ベッドにもなるチャイルドシートということですよね。

河崎さん:そうです。そこでアップリカは、お母さんの抱っこのときの姿勢と同じように寝かせられる、ベッド型チャイルドシートを開発します。それだけでなく、成長に合わせて、大きくなったら椅子型になるんです。これが発売されたのが、1997年のこと。そのあと、2000年になると、道路交通法により「チャイルドシートの義務化」が施行されます。

編集部:そこから、アップリカのチャイルドシートが大きく注目されたんですね。今でこそフラットになるチャイルドシートって当たり前に売られているように思いますが、そんな歴史があったのですね。

こちらは1997年に発売された「マショマロシート&ベッド」
こちらは1997年に発売された「マショマロシート&ベッド」
ベッドから椅子に変化し、4歳くらいまで使うことができる。発売当時、大きな話題を呼んだ
ベッドから椅子に変化し、4歳くらいまで使うことができる。発売当時、大きな話題を呼んだ

衝撃試験場や、新生児ダミーまで開発

編集部:安全性を確保するのはもちろん、言葉を話せない赤ちゃんの快適性などは、どのように測るのでしょうか。

河崎さん:できるだけ、数値で評価しているんです。

編集部:安全性も快適性も、数値で測るんですか?

河崎さん:そうです。ベビーカー、抱っこひも、チャイルドシート、すべての製品でそうですが、どのような使用シーンが想定されるのか、万が一事故があったときに赤ちゃんにはどれだけの負担があるのか……。日々検証をしています。

編集部:チャイルドシートなどは特に、安全性が気になりますもんね。

河崎さん:アップリカが他社のベビーブランドと大きく違う点は、自社でチャイルドシートの衝撃試験施設を持っていること。奈良にあり、「アップリカ中央研究所」と呼ばれています。

まるで海外のラボのような雰囲気のこちらが、アップリカの衝撃試験場。有名車メーカーも見学にくるという、素晴らしい施設!
まるで海外のラボのような雰囲気のこちらが、アップリカの衝撃試験場。有名車メーカーも見学にくるという、素晴らしい施設!

編集部:製品ができたら、検証は別の機関でするのかと思いました。

河崎さん:はじめはそうしていたんですが、何度も回数をこなさなければいけないなら、自社で試験施設を作ろうということになりました。また、新生児用のダミーも独自に開発しています。

編集部:赤ちゃんダミーまで! 開発の裏側って、本当に深いんですね。

河崎さん:チャイルドシート法制化の時の国の基準で定められていたダミーは、ただの塊なんです。アップリカでは、赤ちゃんに近いダミーを作ることで、より細かな衝撃を計測することができるようにしました。

編集部:お名前はつけているんですか?

河崎さん:毎日ぶつけられてきて、かわいそうなので名前はつけられないんです(笑)。2.5キロの「2.5」と、3.4キロの「3.4」のふたりが、日本の赤ちゃんたちの安全のために、頑張ってくれてきてくれました。

首や手足の関節を持ち、負担を測定できる新生児ダミー。国の基準である3.4キロでは新生児の試験に適さないと考え、少し軽めの2.5キロのものを開発した
首や手足の関節を持ち、負担を測定できる新生児ダミー。国の基準である3.4キロでは新生児の試験に適さないと考え、少し軽めの2.5キロのものを開発した

日本の育児を見続けてきたからこそ、わかること

アップリカさんのお話を聞いていて強く感じたのは、日本のママたちと赤ちゃんを見続けてきたからこそ、細部にまで手を抜かないものづくりをされているなぁということでした。

住宅環境や、生活環境、気候や文化に合ったものづくりで、いつもわたしたち日本で子育てをするママたちを応援してくれているんだなと感じました!

次回は、アップリカが長年提唱し続ける「ヨコ抱き」について。抱っこひもは、民族性に深く寄り添っているという面白いお話をお伝えします!


《撮影:塙ひろみ、写真提供:アップリカ》
この記事を書いた人

  • 遠藤るりこ
    代官山スタイル編集長。5歳・3歳のわんぱく兄弟のママ。子どもと過ごす、楽しい毎日をたくさんお伝えできればと思います!

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